『スペース金融道』—銀河ヒッチハイクガイド的SFミステリ

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概要("SF"要素について)

取り立て屋コンビが駆ける! 新本格SFコメディ誕生。

舞台となるのは、人類が最初に移住に成功した太陽系外の星―通称、二番街。プログラマの「ぼく」は新生金融の二番街支社に所属する債権回収担当者で、大手があまり相手にしないアンドロイドが主なお客となる。

直属の上司、イスラム教徒の量子金融工学者ユーセフは、新生金融のモットー「宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと取り立てる」を掲げて惑星間を飛び回る、メチャクチャな男。貧乏クジを引かされるのは、いつだってぼくだ。

"ミステリ"要素について

本書の作者、宮内悠介さんは、日本SFを支えるエース的存在なのですが、実はその作品はミステリ的な要素を色濃く持っています。ミステリの定義はヒトによって様々だとは思いますが、結局、ミステリの必要十分条件とは「読者に対してフェアであること」です。少なくとも僕は、小学生の時、そう教わりました。

本書では借金の取り立て人である主人公たちが、主に被差別者であるアンドロイド達を追い回すのですが、当然大人しく支払いが済むはずがなく、取り立ての過程ではしばしば惑星規模の事件が勃発します。のですが、事件を起こす個体も含め、アンドロイドはすべて「新三原則」に(あくまで原則としてですが)行動を縛られているのです。

第一条 人格はスタンドアロンでなければならない

第二条 経験主義を重視しなければならない

第三条 経験主義を重視しなければならない

事件の謎や動機が、基本的に上の新三原則(+各短編ごとに張られる伏線)から演繹して解決できるというフェアネスは、本書の(というか宮内悠介という作家の)魅力であり、SFファンだけでなくミステリファンにもぜひ読んでいただきたい作品です。 

"銀河ヒッチハイクガイド的"要素について

上述のようなフェアネス・緻密さを持ちながらも、同時に本書は、バカSFに片足を突っ込んだ、銀河ヒッチハイクガイド顔負けにスケールのデカいSFでもあります。人工生命と現実世界の貿易において関税が百万パーセントに達したり、カジノで借金を負った主人公達がカジノの中で新しい貨幣を創って他のカジノ客の投機を誘い、カジノの資産を上回る利益を上げたり。

主人公らが勤める新生金融は「バクテリアだろうとエイリアンだろうと、返済さえしてくれるなら融
資をする」を方針に掲げ
、その言を違えることなく、人工生命や植物、はては惑星そのものにまでお金を貸すのですが、カスミアオイという植物が借り入れを申し入れてきたときの一幕が、僕が一番好きな箇所です。

審査のスタッフは、光合成ができる以上は返済能力はあると見た。(p.25)

これだけで面白くないですか? ズルいです。

個人的な感想

宮内悠介さんはシリアスめの作品で二度直木賞候補になった方ですが、個人的には、コメディ調の作品が向いている気がします。その淡々とした筆致は、ジョークと極めて相性が良いからです。ヘラヘラ笑いながら言われる冗談ほどつまらないものはない。ですよね。

『小説の家』―小説家のアイデア手帖

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概要

美術手帖という雑誌上での、3年に渡った特別企画の10作品+αを集めたアンソロジー。小説誌でなく芸術誌に掲載されたせいか、白い紙に白いインクで印字したり、手書き文字を多用したり、写真を挿入したり、ビジュアル面でかなり遊び心が効いています。

池澤夏樹編の日本文学全集を彷彿させるほどの豪華作家陣といい、豊富なアートワークといい、色んな意味でゴージャスな一冊です。

各作品について

最果タヒ「きみはPOP」

才に恵まれたシンガーソングライターが、自分の好きな音楽をやめて、一般ピープルに向けて彼らが好きにならざるを得ない曲を供給するアーティストになる、それだけの話です。

ですが、最果タヒ作品では、他人を斜めに見ている自分を斜めから見て、そんな自分が他人の目にどう映るかを考えて、でもその考えが案外実態からズレていることに気付く、という語り手のグルグルした(recursiveな)思考回路が面白いです。その、一歩引いた自分から更に一歩引いた視点は、円城塔伊坂幸太郎に(舞城王太郎綿矢りさにも?)近い気がします。三人とも、頭が多分良いのでしょう。

最果タヒ作品の中でも本作品に特徴的なのは、『渦森今日子は宇宙に期待しない』や「十代に共感する奴はみんな嘘吐き」の中でもチラついていた、「才能や長所って(そのまま活かす以外に/そのまま活かしたとして)何の役に立つの?」という問いかけ、というか素朴な疑問が押し出されている点です。一応、女子高生ではなく音楽についての小説なので、「まあ、唐揚げ/アイスが美味しいし、どうでも良くない?」で済ますのは厳しい。

本書の中では一番、”遊び”が内容を引き立てていました。

合わせて読みたい:杉井光神曲プロデューサー』

円城塔「手帖から発見された手記」

「手帖を判定する宇宙」を零から生み出そうとする話。当然失敗の連続で、紙面には失敗宇宙が踊っています。同作者の『プロローグ』に似た、というかその試作みたいな作品(初出は2010年)、でしょうか。

『プロローグ』は、新しい宇宙=物語を生み出すにあたり、人物や関係性を適当に設定してやれば自発的に脈絡が生まれて動き出すだろう、という話でした。そして、そこで生成した宇宙が、『エピローグ』で使い捨てられる。一方、この話では逆に、何の脈絡もなく一つのモノ(たとえば椅子)だけが存在する宇宙を生み出す事がいかに難しいか、を嘆き、作られた失敗宇宙の視点から、使い捨てにされる宇宙たちについて、綴っています。

もちろん、ツッコミを入れたり思い止まったりしながら読み進めていくのがただただ楽しい、のはいつも通りです。

そしてまさかの大団。数ある円城塔作品の中でも「Φ」に並ぶほど抒情的なラストです。

合わせて読みたい:筒井康隆『口紅に残像を』

古川日出男「図説東京恐怖譚」「その屋敷を覆う、覆す、覆う」

アートワークの使い方は上手いと思いますし、言葉の紡ぎ方は恰好良い(殲滅に足る鳥、羨望のテレヴィ、とか)ですが、小説というより詩として魅力的、という感じです。古川作品ではいつも、物語に対して言葉そのものの力強さが空回りしています(長編だとそれが軽減されますけど)。

ふと思ったのですが、古川日出男は(小説家としての)最果タヒの男性版、と言えるかもしれません(作家歴的には逆ですが)。チャットモンチーザ・クロマニヨンズの女性版と捉えられるのと同じような意味で。

合わせて読みたい:宮沢賢治春と修羅

長島有「フキンシンちゃん」

コミPo!という漫画制作ソフトを使って描かれた漫画です。著者は芥川賞も受賞している小説家ですが、漫画として普通に面白いのは流石。

内容は、さり気なく不謹慎な女の子の話(の後日談)。手作りクッキーの型が鉤十字だったり、好きな植物がイラクサ花言葉は 中傷・悪口・悪意・残酷 など)だったり。中二病と紙一重ですが、不謹慎さが基本的にさり気ないのがポイントだと思います。

合わせて読みたい:ダ・ヴィンチ恐山『くーろんず』

福永信「謝辞」

この文章のおかげで、企画の内情や作家の裏話などを知れました。感謝します。

個人的な感想

このブログは、この本をきっかけに始まったようなものなので、最初の記事で取り上げさせていただきました。

正直、白紙に白インク(阿部和重「THIEVES IN THE TEMPLE」)なんて読めたものじゃないですし、仕掛けがうまく面白さに結び付いていない作品も多いです。ですが、どれも平均以上に面白いですし、何より、こういった気の衒いを受け入れられる空気が、出版業界で長く続けばいいなあ、と思います。だから、税込4,184円もしますが、なんとか売れて欲しい本です。